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東京高等裁判所 昭和46年(行コ)13号 判決

東京都墨田区業平二丁目九番一三号

控訴人

長棟至元

右訴訟代理人弁護士

梅沢秀次

神保国男

東京都墨田区業平一丁目七番二号

被控訴人

本所税務署長 橋本健

右指定代理人

松沢智

須藤哲郎

磯喜義

宮崎宏望

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、申立

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四一年一一月三〇日付でなした控訴人の昭和三九年分の所得金額九七五万五、八五二円とする更正処分のうち所得金額四七八万四、一八九円を超える部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二、主張、証拠

当事者双方の主張および証拠は、左に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(一)  控訴人の主張

別紙「控訴人の主張」記載のとおり。

(二)  被控訴人の主張

別紙「被控訴人の主張」記載のとおり。

(三)  証拠

控訴代理人は、甲第二〇号証から第二二号証までの各一、二、同第二三号証を提出し、当審証人石崎次郎および同高橋堅二の証言を援用し、乙第五号証の一から三までの成立は知らない、と述べた。

被控訴人指定代理人は、乙第五号証の一から三までを提出し、甲第二〇号証から第二二号証までの各一、二、同第二三号証の成立は知らない、と述べた。

理由

一、当裁判所は、当審における証拠調べの結果を参酌しても、控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、左記を付加するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

(一)  仮に昭和三四年度から昭和三九年度までの間における控訴人の小河内観光開発株式会社(以下「小河内観光」という。)よりの利息収入が控訴人の当初の主張どおり合計一二〇万二、六七一円ではなくて、控訴人の後の主張どおり合計七一二万一、六七四円であつたとしても、その各年度における総所得金額に対する割合は一二・七%ないし二三・二%にすぎないことは、控訴人の自認するところであつて、控訴人が貸金を事業としていないという認定を覆すに足りない。

(二)  国税庁長官の基本通達は、一般的な基準を与えることにより、法律の解釈をできるかぎり統一し、もつて所得税の賦課徴収という行政事務の処理の円滑を図るとともに、その取扱いの不均衡を是正するため発せられたものであつて、裁判所が法令解釈、事実認定をなすに当つて一応の参考資料となるものにすぎない。

およそ金銭の貸付から生ずる所得が事業所得に該当するか否かは、その貸付の相手方、貸付の目的、貸付日数、貸付金額、利率、担保権設定の有無、貸付資金の調達方法、貸付のための施設および広告宣伝の状況その他諸般の状況を総合勘案して判定すべきものであつて、国税庁長官の発した昭和二六年基本通達九三(一)但書、(二)に該当する事実があるからといつて、そのことのみから直ちに事業所得に該当するものと判定することは相当でない。

ところで、成立に争のない甲第二号証から第六号証まで、同第七号証の一、二、同法第八号証、同第一四号証、乙第一、二号証、同第四号証、原審証人高橋堅二の証言により成立を認める甲第九、一〇号証の各一から六まで、同第一一号証の一から五まで、同第一二号証の一から六まで、同第一三号証の一から五まで、原審における控訴本人尋問の結果により成立を認める甲第一七号証の一から四まで、原審証人藤好光博、原審および当審証人高橋堅二、当審証人石崎次郎の各証言、原審における控訴本人尋問の結果を総合し、これに弁論の全趣旨を参酌すれば、次の事実を認めることができる。

控訴人が資金を貸付けたのは、小河内観光、合同印刷株式会社、株式会社静わさび、株式会社森島直線工業所の四社に限られており、貸付当時控訴人は、小河内観光、合同印刷株式会社、株式会社静わさびの代表取締役の地位にあつたのみならず、この三社の最大の株主であつた。また、森島直線工業所の代表取締役森島万次郎は、小河内観光の株主で、かつ同社の取締役であつた。控訴人の合同印刷に対する貸付は昭和三九年一二月三日の五〇万円一口だけであり、その利率は日歩三銭で、その貸付資金として控訴人が中央信用金庫駒形支店から借入れた金員の利率と同じであつた。控訴人の株式会社静わさびに対する貸付は、昭和三六年一一月二一日の五〇〇万円と昭和三七年四月二四日の一〇〇万円の二口だけであつた。また、控訴人の株式会社森島直線工業所に対する貸付は、時期的に昭和三七年一〇月一〇日より同年一二月二五日までに限られ、その合計貸付金額は、金一〇〇万円であつた。これら四社に対する貸付は、いずれも貸借に関する証書を作成せず、物的担保の設定を受けることなく、かつ保証人を立てることもしないでなされたのであるが、小河内観光、合同印刷株式会社、株式会社静わさびの三社は、当時経営状態が悪く、銀行から融資を受けることが困難であつた。控訴人は、貸付資金を調達する場合は、自己が組合員である中央信用金庫駒形支店から日歩三銭の利息で借入れていた。控訴人は、昭和三四年七月二八日同支店から一、三〇〇万円を借入れ、そのうち三〇〇万円を自己において使用し、残りの一、〇〇〇万円を小河内観光に貸付けたが、小河内観光から、これに対する利息として、控訴人が同支店に支払うべき一、三〇〇万円に対する日歩三銭の利息と同額の利息を徴したため、結果的にこの一、〇〇〇万円については日歩三銭よりも高い利息で貸付けたこととなつたが、小河内観光に対する控訴人のその余の貸付金の利息は、すべて日歩三銭であつた。高橋堅二は合同印刷株式会社の経理担当者であり、高橋睦子は同人の妻で、控訴人が同会社に対して賃貸している建物の管理人であつて、控訴人が高橋睦子に支払つた給与は、控訴人の同建物賃貸による不動産所得計算上の必要経費として控除されている。控訴人は、金融業の届出をしておらず、昭和三四年から昭和四〇年まで貸付金の利息収入を雑所得として申告している。

以上の事実を、原判決の認定した事実に加えて検討すると、控訴人の本件資金貸付行為は、所得税法上の事業に該当しないものと解するのが相当である。

(三)  成立に争のない乙第三号証、弁論の全趣旨により成立を認める同第五号証の一から三まで、原審および当審証人高橋堅二、原審証人藤好光博、当審証人石崎次郎の各証言、原審における控訴本人尋問の結果を総合すれば、小河内観光の昭和三九年八月二一日の取締役会において、控訴人が小河内観光に対する貸金債権の二分の一を放棄または免除する意思表示をしたことはないこと、前記取締役会においては、債務処理についての決定は留保され、その結果として、小河内観光の昭和四〇年七月三一日現在の貸借対照表および昭和三九年八月一日から昭和四〇年七月三一日までの期間に対する損益計算書においては、債務免除益を益金に計上していないことを認めることができる。

原審および当審証人高橋堅二、当審証人石崎次郎の各証言、原審における控訴本人尋問の結果のうち前記認定に反する部分はにわかに措信し難い。

そして、小河内観光について、昭和三九年度または昭和四〇年度において、事業再起の見とおしがない等の事由で、債権回収の見込みがないことが確実となつたことを認めるに足りる証拠はない。

二、そうすると、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古関敏正 裁判官 田中良二 裁判官 川添万夫)

控訴人の主張

第一、原判決の「原告主張の請求原因」には控訴人の主張が正しくとらえられていない違法がある。

一、控訴人(原告)は小河内観光開発株式会社(以下小河内観光開発という。)からの利息収入について昭和四三年五月六日付準備書面で計金一、二〇二、六七一円と主張したがその後の調査で計金七、一二一、六七四円であることが判明したので昭和四五年四月八日付準備書面(第二項)でその旨訂正主張した。

しかるに原判決は「原告主張の請求原因」において控訴人の小河内観光開発に対する利息金額を計金一、二〇二、六七一円としたのは控訴人の右主張を事実記載から遺脱している。

また利息収入の総所得金額に対する割合について控訴人は右四月八日付準備書面で一二・七%ないし-二三・二%と主張したのに対し原判決は原告主張の請求原因において一二・七%ないし二〇・四%としたことも同じく原告の主張を正当にとりあげない。

二、また控訴人は右四月八日付準備書面第三項において控訴人の金員貸付が事業に該当するか否かについて基本通達九三を引用し、同通達によれば仮りに貸付先が特殊関係にある者でも金額が五〇〇、〇〇〇円以上になれば金融業であること、転貸の目的で他人から借入れた資金を貸付けている場合は金融業に該当するとあることから本件においては少くとも右いずれにもあたるので控訴人の金員貸付は金融業である旨主張したが原判決はこの点についても事実記載を遺脱している

右のとおり原判決は控訴人の貸金が事業に該当するか否の認定の前提たる原告の主張を遺脱しているため審理がつくされず結局は後述のとおり事実誤認を犯した。

第二、控訴人の小河内観光開発に対する貸倒の事実について

原判決は「所得税法上債権貸倒れの事実があるといいうるためには被告主張のごとき事情によつて債権回収の見込みのないことが確実となつた場合でなければならないと解すべきところ、成立に争いない乙三号証および本件弁論の全趣旨によれば小河内観光開発は昭和三九年八月二一日の取締役会において原告を含む債権者四名に対する借入金の返済につき協議をしながらその具体的方策の決定は留保していること、また原告が右貸金について債権の放棄、債務の免除等をした事実はなく、同会社においても確定決算において債務免除益を益金に計上していないことを認めることができるので本計算年度において原告主張のごとき債権貸倒れの事実があつたものとは認め難い」と認定した。

しかしながら以下述べるように右認定は誤りで事実誤認の違法がある。

一、貸倒れ事実の存在

小河内観光開発の昭和三九年八月二一日の取締役会議事録(乙第三号証)によれば「長棟氏壱千四百七拾五万五千円、合同印刷(株)壱千参百九拾万円、長谷川氏七百八拾万円、(株)東京長谷川工務店弐千四百万円の計六千四拾五万五千円は1/3支払で然も暫し棚上げと指示され、全役員これも1/2支払たるべく要求したるも一致を見ず留保と決定した」とある。これによると小河内観光開発から右列記の各債権者の債権を三分の一支払うから三分の二の残額は免除されたいとの申入れである。これに対し右債権者らは二分の一の支払を要求して譲らないので三分の一免除の点は留保されたのであつた。

右債権者らが取締役会において二分の一の支払を求めていることは残額二分の一免除することを前提としてのことであり、右の「留保」と決定したことは三分の一に減額することにつき決定に至らなかつたということである。したがつて控訴人としてもそのとき債権額の二分の一の債権放棄または免除をし、残額二分の一の支払を要求したのであるから控訴人と小河内観光開発間においては本件貸倒れの事実がそのとき確定したものというべきである。

二、小河内観光開発における債務免除益の計上について

原判決は小河内観光開発は確定決算において債務免除益を益金に計上していないことを認めることができると認定するのでその証拠となつたと思われる藤好光博の証言を検討してみよう。

1 右証人は被告代理人(須藤)の質問に対し「日本橋の税務署へ行き法人税の決議書関係を調べた日本橋税務署では小河内観光の決算書類が完全でないということでいわゆる“ゼロ決定”をしてございまして小河内観光の決算書から直接長棟さんの貸付金が貸倒れになつたかどうかということの判断は最終的にはその決算書類からは出来ないということでございました。」さらに被告代理人(西園)の質問に対して「小河内観光株式会社の決議書にその債務免除益の計上がないということで貸倒れを否認した‥‥‥」と証言している。

2 一方同証人は原告代理人の反対尋問に対して日本橋税務署が“ゼロ”決定をしたのは「調査したけれども、調査不能であつたということだと思います」「経理内容が乱脈でどういう帳簿書類を何所に置いているというようなこともわからない‥‥‥という状態だと思います」さらに「小河内観光が長棟至元に対して借入れた債務をどうしたかということもわからなかつたんじやないんですか」との問に対し「そうです」と答え、続いて「債務免除益の計上があつたかどうかわからなかつたんじやないですか、そういう経理関係の帳簿がなかつたら」との問に対し「一応決算書らしきものは当時出ていたと思います。法人税のフアイルに綴つてあつたわけですね。ただその帳簿としての体裁を整えたものがあつたかどうかということはわからないです」と答えている。

3 以上の証言を総合してみると、当時(昭和四〇年頃)日本橋税務署に保管されている小河内観光開発関係書類の中に決算書があつたか否か不明でありまた右会社が控訴人に対する債務についていかなる処理をしていたかも不明であつたことが認められる。そして右関係書類からは本件貸倒れの事実が判明しないし、債務免除益計上の事実も窺うことはできないが一方小河内観光開発の経理は乱脈で決算書類も完全でないため日本橋税務署が“ゼロ決定”をしたことが認められる。右のいわゆる“ゼロ決定”とは決算書類が不完全で収支関係も明らかでなく赤字なのか黒字なのかの調査が不能の状態であるときなされるものである(藤好の証言)から右の事実からは債務免除益計上の存否を認定し得ない。決算書の存在も詳らかでなく、それに見合う証拠がないのに債務免除益計上がなかつたと認定し得るのなら反対に右のような状態であつたから債務免除益計上があつたのではないかと認定することも可能であろう。

4 仮りに小河内観光開発の決算書があつてそれに控訴人に対する債務免除益が計上されていなかつたとしても右証人の証言により明らかなように小河内観光開発の経理は乱脈であつたのであるから控訴人に対する債務の二分の一は免除されていても債務免除益として計上しなかつたことが充分考えられる。したがつて原判決が確定決算に債務免除益の計上がないことをもつて貸倒れの不存在を認定したのは誤りである。

三、貸倒れの事実の確定

1 債権の貸倒れの事実の有無を判断する基準として国税庁から次のような通達が出されており、昭和四〇年、四一年当時はその基準に従つた取扱いがなされていた。

基本通達二六九

個人の有する貸金等に係る債務者につき次に掲げる事実がある場合には当該債務者に対して有する貸金等の金額について貸倒れとなつたものとして事業所得の計算上必要な経費に算入するものとする。

(1) 債務者が破産、和議、強制執行または整理の手続に入りあるいは解散または事業閉鎖を行なうにいたつたため、またはこれに準ずる事情があるため回収の見込みがないこと。

(2) 債務者の死亡、失そう、行方不明、刑の執行その他これに準ずる事情により回収の見込みがないこと。

(3) 債務者について債務超過の状態が相当期間継続し、事業再起の見とおしがないため回収の見込みがないこと。

(4) 債務者について天災事故経済事情の急変等があつたため回収の見込みがないこと。

(5) 前各号に準ずる事情があるため回収の見込みがないこと。

基本通達二七四

個人の有する貸金等に係る債務者について次に掲げる事実が発生した場合には当該債務者に対して有する貸金等(質権、抵当権等により担保されている部分を除く。)の金額の五〇%に相当する金額以内の金額を貸倒れとして当該事実が発生した日の属する年分の事業所得の計算上必要な経費に算入することができるものとする。この場合において当該債務者に対して有する貸金等についてすでにこの項により貸倒れとして必要な経費に算入した金額があるときはその年において貸倒れとして必要な経費に算入することができる金額はその年前の各年において本文により貸倒れとして必要な経費に算入する前の貸金等の額(その年までに弁済を受けた金額を除く。)の五〇%に相当する金額からすでに貸倒れとして必要な経費に算入した金額を控除した金額以内の金額とする。

(1) 商法の規定による会社の整理開始の命令または特別清算の開始の命令があつたこと。

(2) 破産法の規定による破産の宣告があつたこと。

(3) 和議法の規定による和議の開始の決定があつたこと。

(4) 会社更生法の規定による更生手続の開始の決定があつたこと。

(5) 手形交換所(手形交換所のない地域にあつては当該地域において手形交換業務を行なう銀行団を含む。)において取引の停止処分を受けたこと。

(6) 業況不振のため、またはその事業につき重大な損失を受けたためその事業を廃止しまたは休業の期間が六ケ月にいたつたこと。

基本通達二七七

貸金に係る債務者について各年の一二月三一日までに次に掲げる事実(以下277において「申立等」という。)が発生しかつ当該年分に係る確定申告書等の提出期限までに「274」の各号に掲げる事実が発生した場合または発生すると見込まれる場合には「274」にかかわらず「274」に準じて計算した金額以内の金額を申立等のあつた日の属する年分において貸倒れとして事業の所得の計算上必要な経費に算入することができるものとする。この場合において当該申立等のあつた日の属する年分に係る確定申告書等の提出期限までに「274」の(1)から(5)までに掲げる事実が発生しなかつたときはすでに提出した確定申告書等についてすみやかに修正するよう指導するものとする。

(1) 商法の規定による会社整理開始の申立または特別清算の開始の申立があつたこと。

(2) 破産法の規定による破産の申立があつたこと。

(3) 和議法の規定による和議の開始の申立があつたこと。

(4) 会社更生法の規定による更生手続の開始の申立があつたこと。

(5) 債務者の振出した手形が不渡りとなつたこと。

2 これを本件についてみるに小河内観光開発は昭和三五年奥多摩湖の湖上ロープウエイによる収入を主たる収入源とする観光開発事業を目的として発足したが、昭和三七年ごろから湖に水が無くなり堤防底がみえる状態となつたため観光客はほとんどなくなり昭和三九年頃は湖上ロープウエイの運行を停止せざるを得なくなつた。そのため経営状態は昭和三七年ごろから悪化し、昭和三九年八月代表取締役であつた控訴人はこれを辞任し新たに田島将光が代表取締役に就任し会社建直しをはかつたがかえつて資金繰りに窮し、同年一〇月ついてに手形不渡を出した。その中には控訴人が貸金担保のため交付を受けた三通の手形金七、三〇五、〇〇〇円も含まれている。そして小河内観光開発は同年一一月三〇日銀行取引停止処分を受けた。小河内観光開発の昭和三八年八月一日から昭和三九年七月三一日までの損益計算は金二九、〇一〇、〇八六円の債務超過であり、その後も債務超過の状態がつづいている。そこで代表取締役田島は会社再建をするため昭和三九年一二月頃会社更生法による更生手続開始の申立をなしたが債権者の一部に反対があり申立を取下げた。

その後現在まで小河内観光開発は湖上ロープウエイは廃止されたままで現在わずかに旅館の経営をしているのみで経理内容は多額の債務超過となつている。

小河内観光開発の営業状態は右のとおりであり、このことは前記基本通達二七四(5)、二七七(5)(5)、二六九(3)(5)により控訴人の小河内観光開発に対する貸金は明らかに貸倒れであり右基本通達により必要経費に算入することができるのである。

以上述べたとおり原判決が控訴人の小河内観光開発に対する貸金について貸倒れの事実があつたものとは認め難いとしたとの事実誤認である。

3 以上述べたとおり控訴人の小河内観光開発に対する債権金一四、八五五、〇〇〇円は金額貸倒れとなつたのであるが、控訴人は昭和三九年八月二一日の小河内観光開発の取締役会において債務免除した二分の一を損金として必要経費に算入することとし(基本通達二七四)、昭和三九年度の申告において全債権額のうち切り捨て(免除)した債権額二分の一の約三分の二(全債権額の約三分の一)にあたる金四、九一八、三三三円を必要経費に算入しその残額三分の一を翌年度申告分にまわした。

従つて控訴人の右損金の必要経費算入は正当である。

第三、事業所得について

原判決は「資金の貸付行為が所得税法上の事業に該当するかどうかは同法が事業所得と雑所得とを区別して取扱うこととしている法意と社会通念に照してその営利性、継続性および独立性の有無により、すなわち具体的には利息の多寡、貸付の口数、相手方との関係、貸付の頻度、金額の大小、担保権設定の有無、貸付資金の調達方法、利息収入の総所得において占める割合、人的物的設備の有無、規模、貸付宣伝広告の状況等諸般の事情を総合判断することによつて決定すべきである。」とするので、右の諸点から控訴人の貸付業務の内容を検討すると次のとおりとなる。

一、原告が金員を貸付けた相手先及び内容について

1 小河内観光開発株式会社に対し

年月日 金額 利率 貸付資金

(1) 三四、七、二八 一〇、〇〇〇、〇〇〇円 四銭五厘五毛 中央信用金庫駒形支店からの借入

控訴人の右借入利息は日歩三銭であるが、小河内観光開発に対する貸付利率は貸付日から昭和三七年九月三〇日までは日歩三銭九厘から日歩八銭七厘までの間の利息を取り平均利率は日歩四銭九厘四毛であつた。

(2) 三五、一〇、一七 六、六〇五、〇〇〇円 日歩五銭九厘 中央信用金庫駒形支店からの借入

(3) 三八、一、二一 四〇〇、〇〇〇円 日歩三銭 株式売却

(4) 〃 一、二一 五〇〇、〇〇〇円 〃 中央信用金庫駒形支店から借入

(5) 〃 二、五 三〇〇、〇〇〇円 〃 〃

(6) 〃 二、一五 七五〇、〇〇〇円 〃 〃

(7) 〃 二、二八 六〇〇、〇〇〇円 〃 土地売却

(8) 〃 三、一 五〇〇、〇〇〇円 〃 株式売却

(9) 〃 四、五 二〇〇、〇〇〇円 〃 〃

(10) 〃 八、一三 二五〇、〇〇〇円 〃 手持資金

(11) 〃 八、二〇 〃 〃 〃

(12) 〃 九、四 三〇〇、〇〇〇円 〃 土地売却

(13) 〃 九、一三 一、〇〇〇、〇〇〇円 〃 〃

(14) 三五、一〇、一 九〇〇、〇〇〇円 〃 〃

(15) 〃 一〇、四 二〇〇、〇〇〇円 〃 株式売却

(16) 〃 一〇、一九 二、〇〇〇、〇〇〇円 〃 〃

(17) 〃 一二、一二 一〇〇、〇〇〇円 〃 手持資金

(18) 四〇、六、一六 七、八九〇、一四六円 〃 〃

(19) 〃 七、二〇 一二〇、〇〇〇円 〃 〃

(20) 四〇、八、一五 一一五、〇〇〇円 日歩三銭 手持資金

(21) 〃 九、二五 一一〇、〇〇〇円 〃 〃

(22) 〃 一〇、二五 一〇五、〇〇〇円 〃 〃

計 金三三、一九五、一四六円也

2 合同印刷株式会社に対し

年月日 金額 利率 貸付資金

(1) 三九、一二、三 五〇〇、〇〇〇円 日歩三銭 中央信用金庫駒形支店から借入

3 株式会社静わさびに対し

年月日 金額 利率 貸付資金

(1) 三六、一一、二一 五、〇〇〇、〇〇〇円 日歩一〇銭 中小企業金融公庫

(2) 三七、四、二四 一、〇〇〇、〇〇〇円 〃 手持資金

4 株式会社森島直線工業所に対し

昭和三七年一〇月一〇日より同年一二月二五日まで金一、〇〇〇、〇〇〇円

右1234の合計貸付金四〇、六九五、一四六円

二、右貸付金に対する利息収入

1 小河内観光開発株式会社より

昭和三四年七月二八日から昭和三九年九月一四日までに計金七、一二一、六七四円

2 合同印刷株式会社より

昭和三九年一二月三日金八、七〇〇円

3 株式会社静わさびより

昭和三六年一一月二一日から昭和三九年七月一一日までに金三、三六八、八〇〇円

4 株式会社森島直線工業所より

昭和三九年八月一五日金五〇〇、〇〇〇円

三、右利息収入の年度別と総所得金額との対比

年 利息収入 総所得金額 比率

三四年 金七四四、七五〇円 金四、三八二、七四六円 一六・九%

三五年 金一、二四二、一八六円 金六、〇八六、五九三円 二〇・四%

三六年 金一、六二三、二七二円 金七、九六七、二二一円 二〇・三%

三七年 金三、〇二七、六五六円 金一三、〇二二、〇八〇円 二三・二%

三八年 金二、四〇四、一四〇円 金一六、八五三、七六九円 一四・二%

(但し同年は不動産譲渡の臨時所得が三、〇六〇、〇〇〇円あつたためこれを除くと一七・四%である)

三九年 金一、五〇七、三七〇円 金一二、一二九、八九二円 一二・七%

(右二、三の詳細は昭和四五年四月八日付原告準備書面記載のとおりである)

四、原判決の具体的認定に対する検討

1 控訴人の貸付先について原判決は「控訴人はその貸付先である合同印刷、小河内観光開発および静わさびの大株主であつてその代表取締役の地位にあり、また森島直線の社長は小河内観光開発の取締役であり当時これらの会社は資金繰りが苦しかつたこと」をあげるが右のことは事業であることを否定する根拠にするのは誤りである。すなわち事業であることを否定するための特殊関係とは当時の取扱基準とされていた基本通達九三にもあるように右のような関係ではなく親戚または友人等をいうものだからである。

また貸付先の会社が資金繰りが苦しかつたことが何故事業であることを否定する理由になるのか理解に苦しむものである。

2 原判決は「貸付に当つてはいずれの場合も担保権の設定を受けておらず」というが控訴人は債権担保のために手形の振出交付を受けているのであり金を貸す場合担保として手形を受け取り弁済期を手形の支払期日とし弁済期が来ると手形を書き替えるということは通常行なわれる金銭貸借の方法である。この場合は無担保ではなく手形が担保となつているのである。

3 原判決は「利息の点についても原告の小河内観光開発に対する貸付金は主として中央信用金庫駒形支店からの借入金によつていたが前者の貸付利率も後者の借入利率とひとしく日歩三銭であり小河内観光開発からの受入利息がそのまま中央信用金庫駒形支店への支払利息に充当されていること」というが控訴人は昭和三四年七月二八日中央信用金庫駒形支店から金一三、〇〇〇、〇〇〇円を利息日歩三銭の約で借入れ同日金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を小河内観光開発に利息日歩四銭五厘五毛で貸付けたのである。そしてその貸付利率はその後前記一の1の(1)で述べたとおり昭和三七年九月三〇日までは日歩三銭九厘ないし八銭七厘であつた。したがつて、原告の小河内観光開発に対する貸付利率は中央信用金庫駒形支店からの借入利率よりもはるかに高率であつたのにこれを同率とした原判決は審理を尽さないため事実を誤認したものである。

4 また原判決は「原告は金融業者としての届出をしておらず独立した事務所も有していたわけではなく高橋睦子等を使用して合同印刷の一隅で貸付事務を処理させていたにすぎず、もとより金融業の宣伝活動を行なつた事実もないことを認めることができ」という。なるほど控訴人は金融業者としての届出はしておらず特別に金融業の宣伝活動を行なつたことはないけれども合同印刷株式会社の事務所の一部を金銭貸付業務専用の場所として使用し、そのために採用した高橋睦子にその業務を執らせ毎月給与を支払つていたものであつて右同人は合同印刷とは関係なく全く控訴人個人の事務員である。また同人とともに高橋堅二を合同印刷とは別に貸付業務を委嘱していたのであつてこれらの事実は金融業としての設備を充分に備えていたもので実質的にみれば金融業であることは明らかであり、単に形式的な届出が欠如していたにすぎない。貸付の期間、回数、金額、利息、右期間内における利息収入の総所得において占める割合等を考慮すれば控訴人の本件貸付行為は所得税法上の事業であることは明らかである。

5 さらに金融業に該当するか否かを認定する基準として基本通達九三を無視することはできないものである。金融業に該当するか否かにつき国税庁は基本通達九三を発令しその指導の下に各税務署は昭和四四年一月三一日まで同通達によつて金融業認定の取扱いをしていた。

右基本通達九三は

金融業に該当するかどうかはその口数、貸付金額、利率そのものの総所得金額のうち金銭の貸付による所得の金額の占める割合その他諸般の状況を勘案のうえこれを判定すべきであるが、次のような場合においては次によるものとする。

(1) 親せき友人等特殊の関係にある者のみに貸し付けている場合は金融業に該当しないものとする。但しその金額が多額(おおむね五〇万以上)に上る場合はこの限りでない。

(2) 転貸の目的で他人から借入れた資金を貸付けている場合は金融業に該当するものとする。とある。

これを本件についてみるにその口数は二五以上もあり貸付総額が四〇、六九五、一四六円でその利率が日歩四銭五厘五毛や一〇銭もしていたのであるから右基本通達九三の本文によつても金融業であることは明白である。なお右通達は親せき友人等特殊の関係者のみに貸付けている場合は金融業に該当しないがその金額が多額(おおむね五〇〇、〇〇〇円以上)に上る場合は金融業に該当するというのであるから本件貸付が原判決のように控訴人は貸付先の大株主であつたとして、それが右にいう特殊な関係にあたるとしても前述のとおり貸付金が四〇、〇〇〇、〇〇〇円以上であるからその特殊関係は問題でなく金融業にあたることは明白である。

つぎに転貸の目的で借入れた資金を貸付けている場合も金融業であるとしているところ控訴人は前述のとおり本件貸付けのために金融機関から金を借り受けているのであるし、また総所得金に対する利息収入の割合も前述のとおり一二・七%から二三・二%であるからこの点からみても金融業であることは明らかである。

第四、原判決は判断遺脱、審理不尽の違法がある。

控訴人は原審において右のとおり基本通達九三によれば明らかに控訴人の金員貸付は事業である旨を強く主張したのであるが、原判決はこの点に一言も触れずに控訴人の金員貸付は事業とは認められないとしたのは判断遺脱、審理不尽の違法をおかしたものである。原判決はこの点においても取消を免れない。

しかりとすれば控訴人が昭和三九年度分所得税申告にあたり所得税法第一〇条二項により必要経費三三九、五一四円を含め貸倒損金五、二五七、八四七円を差引いたことは当然である。

被控訴人の主張

第一 控訴人は「原審において基本通達九三によれば明らかに控訴人の金員貸付は事業である旨を強く主張したのであるが、原判決は、この点に一言も触れずに控訴人の金員貸付は事業とは認められないとしたのは判断の遺脱、審理不尽の違法がある」旨主張しておられるが、しかし通達は法令解釈の基準にすぎず、しかも原判決は、諸般の事実を認定したうえ控訴人の貸付をもつて事業にはあたらない旨判示しているのであるから、控訴人主張のような判断遺脱、審理不尽は何ら存しない。

第二、

一、控訴人は、控訴人が小河内観光開発に対して有する昭和三七年七月三一日現在の貸金合計一四、七三五、〇〇〇円は、昭和三九年八月二一日の取締役会において協議し、貸倒れの事実がそのとき確定したと主張されるが、しかし、取締役会議事録(乙三号証)を見ても、その記載から明らかなように、控訴人の貸金の貸倒れが全く未確定の状態であつたことは明白であり、しかも貸付先の小河内観光開発では、確定決算において右債務を債務免除益として益金に計上していない。

すなわち、小河内観光開発の昭和三九年八月一日から同四〇年七月三一日までの事業年度の損益計算書(乙第五号証の三)によれば、その貸方(利益の部)に営業外収入として雑収入一六一、四八八円、受取利息八二、〇〇〇円を計上するだけで債務免除等による利益の計上は全くない。

また、右小河内観光開発の昭和四〇年七月三一日現在の貸借対照表(乙第五号証の二)においても、その貸方(負債および資本の部)に科目借入金として一三三、七八五、一八一円を計上しており、前期(昭和三九年七月三一日現在)借入金計上額が一一九、六九五、〇〇〇円であつたことからみても、免除等による減算処理を行なつていないことは明らかである。

したがつて、小河内観光開発では、昭和三九年八月二一日の取締役会において債務処理の決定は留保されたと判断し、控訴人らの貸金を借入債務として経理処理しているのであつて、同会社においては、その時点において借入債務の免除等による利益の発生があつたという認識はなかつたといわざるを得ない。

なお日本橋税務署長は、小河内観光開発の経理状況を調査したが、同社の帳簿が不完全で調査不能のため、やむを得ず、税額をゼロと決定したのであつて、従つて右ゼロ決定と同社に債務免除益が発生していたかどうかということとは関係がない。

二、控訴人の金銭の貸付は、貸付先が合同印刷、小河内観光開発、静わさびおよび森島直線の四社に限られていて不特定多数の者に対する貸付がないうえ、当時控訴人は、合同印刷、小河内観光開発および静わさびの代表取締役の地位にあるとともに、持株の最も多い株主であつたし、また、森島直線の社長は小河内観光開発の取締役である等控訴人と特殊な関係にある者に限られており、その貸付期間も控訴人が代表取締役の地位にある間の昭和三四年頃から同四〇年頃までであつたことからして、控訴人の本件貸付行為は所得税法上の事業と認めることができず、したがつて、右貸付行為が非営業貸付であることは原判決の認定どおりである。以下、控訴人の主張(第三の四の1ないし4)に対して被控訴人は次のとおり反論する。

(一) 控訴人は、貸付先の会社において資金繰りが苦しかつたことが何故事業であることを否定する理由になるのか理解に苦しむといわれるが、これは正確には、市中金融機関等から融資が受けられず資金繰りが苦しかつたということであつて、右事実は控訴人が前記四社に対して金銭の貸付を行なうに至つた動機あるいは目的を窺知するうえできわめて重要なことである。すなわち、控訴人は原審において、貸付先の会社は当時資金繰りが苦しかつたが市中金融機関などは相手にしてくれなかつた旨供述しているが、前述したように控訴人は当時貸付先の会社の代表取締役の地位にあつて資金繰りに苦慮していた直接の当事者であつたが、他方において控訴人は中央信用金庫の会員であり、かつ、同信用金庫の奨励委員でもあつたので、右貸付先の会社名義で同信用金庫から資金の融資を受けることは困難であつたが、控訴人の名義で融資を受けることは比較的容易であつたのである。従つて、かかる事情があつたからこそ、控訴人は同人名義で右信用金庫から資金を借り受け、これを小河内観光開発等に貸付け得たのであつて、その転貸の実体は、控訴人が右貸付先の会社と右信用金庫との間の融資のあつせんを図つたに過ぎず、もとより金銭の貸付を意図して右信用金庫から資金を借入れこれを右会社に貸付けたものではない。

(二) 控訴人は、貸付に当つては債権担保のために手形を担保として受取つていたのであり、これは通常行なわれる金銭貸借の方法であると主張されるが、控訴人が自ら中央信用金庫駒形支店から資金を借入れるに際しては、同人所有の土地(東京都西多摩郡奥多摩町川野字穴畑所在山林原野合計九〇六九坪)を担保に提供し、かつ、合同印刷および小河内観光開発を保証人として申し出ているのであつて、一般に金銭の貸付を業とする者がこのようにして借入れた資金を他に貸付ける場合には、単に手形のみならず債権確保のために物的および人的担保を徴し、貸倒れになつた場合の次善の策を講じておくことは周知の事実である。

(三) 控訴人が前記四社に対して金銭を貸付けるに当つて、金銭消費貸借に関する契約書等の書類を作成した事実はなく、したがつて控訴人が右四社に対し如何なる条件で金銭を貸付けたのか不明であつて、控訴人が主張される貸付利率の点についても、当事者間で当初からそのような契約が締結されていたかどうか必ずしも明らかではない。

むしろ、控訴人の帳簿上小河内観光開発からの受入利息が、そのまま中央信用金庫駒形支店への支払利息に充当されていること(甲第九号証ないし甲第一一号証等)、昭和三七年一〇月以降中央信用金庫駒形支店からの借入金が日歩三銭の利率で小河内観光開発に貸付けられていること(甲第一四号証)、静わさびに対する貸付資金五〇〇万円は、合同印刷名義で控訴人所有の建物を担保として中小企業金融公庫から借入れたものであり、合同印刷が右借入金を控訴人に貸付け更に控訴人が静わさびに貸付けたものであること(甲第七号証一・二)等からみれば、控訴人は右信用金庫への支払利息を償う範囲で貸付利率を算定していたものであつて、特に営利を目的として貸付利率を算定していたものではないといわねばならない。

また控訴人は「中央信用金庫から日歩三銭で借入れ、小河内観光開発に日歩四銭五厘五毛で貸付けているから、原判決が同率で貸付けたと認定したことは事実誤認である」旨主張しておられるが、しかし控訴人が小河内観光開発から毎回受領した利息と同額の金額を、同日、右中央信用金庫に支払つているのであつて、従つて総体的にみれば、実質的には同率を以て貸付けたとみても何ら背理ではない。

むしろ、控訴人が主張される小河内観光開発に対する利率は、控訴人が中央信用金庫から借りた金員のうち一部を右小河内観光開発に貸付け、しかも控訴人が中央信用金庫へ支払うべき利息はすべて全額を小河内観光開発に負担させたことから、結果的にみて、そのような計算された利率が算出されたものであるといわなければならない。

(四) 控訴人は、金銭の貸付業務を執らせるために高橋睦子を採用し毎月給与を支払つており、同人と共に高橋堅二に合同印刷とは別に貸付業務を委嘱していたと主張されるが、当時、高橋堅二は合同印刷の常任監査役の地位にあり、同会社の経理担当者であり、また、高橋睦子は高橋堅二の妻であつて、控訴人が合同印刷に賃貸している建物(合同印刷の社屋)の管理人であり、控訴人は右高橋睦子に対し建物の管理等の報酬として給与を支払つていたもので、控訴人が支払つた右給与は、控訴人の右建物の賃貸による不動産所得計算上の必要経費として控除しているのである(乙第四号証)。

三、控訴人は、本件における控訴人の貸付が、この点に関する国税庁長官の基本通達九三項に該当するから金融業としてなされたものであると主張されるが、右通達は、前述したように法令解釈の基準であり、昭和二六年一月一日国税庁が法律の解釈をできるだけ統一し、もつて所得税の賦課徴収という行政事務の円滑を図るとともにその取扱いの不均衡を是正するため発せられたものであつて、その解釈は法律の精神に合致するようになされなければならないことは明らかであるし、また、右通達が金融業の定義づけをなすについて、一般的に概念の定まる金融業に該るかどうかの一応の判断資料を例示したものに過ぎない。すなわち、右通達はその前段において「金融業に該当するかどうかは、その口数、貸付金額、利率、その者の総所得金額のうち金銭の貸付による所得の金額の占める割合その他諸般の状況を勘案のうえ、これを判定すべきである」とし、そこに一般的指針として勘案すべき諸点を例示し、次いで、その後段(一)において金融業に該当しない場合と、(二)において該当する場合をそれぞれ一応の判断資料として例示したものに過ぎない。したがつて、もとより金融業の条件は右(一)(二)につきるものと解すべきものではなく、いわんや他の諸点を一切考慮しなくてもよいとする趣旨ではないことはもちろんであるから、この点に関する控訴人の主張は理由がなく失当である。

なお、右基本通達九三項は、昭和四四年一月三一日直審(所)一(例規)通達「所得税法に関する当面の取扱い(申告所得税関係)について」において、「金銭の貸付けから生ずる所得が事業所得であるかどうかの判定」として規定されたことに伴い廃止された(甲第一六号証の二)が、右は、従前の取扱い趣旨をより明確にしたものである。

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